お肌のスキンケア

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お肌のスキンケア

アロエと百花蜜

宮城県では暖かな日差しの中 静かな5年目です


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 3.11

記憶って無くなっていくので記録しておきます。

震災後増えたものがあります。

中古の車屋さん。葬儀場。自転車屋さん。

毎日の暮らしに精一杯の通勤途中でみる仮設住宅

年配の方がリュックを背負って歩いてる人が増えました。

仮設住宅の近くにコンビニが増えました。

 

多くを語らない東北人です。

一つの言葉に沢山の思いが詰まっていてます。

お話しできる方はいい方で、いまだに外出するのが怖いという方もいらっしゃいます。

 

5年前に良く見たACがスポンサーのCMが今朝も流れてました。

それで思い出しました。

 

 いつもなら30分で通っている道が、7時間かかりました。ここでガソリンをなくしている人がほとんどでしょう。

 我が家は1週間分の食料を買うのですが前日米を20キロ。食料がなぜか安かったのでいつもならそんなに買い込まないのですが、2万円分買い込んでました。おかげで食べる物に困ることはなかったです。しかし、困ったのは電気。

 7時間かけて帰った家に母は一人。暗い中で何があったのか分からず、途方に暮れてました。そこへ父が橋が落ちて回り道して帰ってきた。その後で私が到着し。さぁ、何をしよう。でしたね。

 11日壁掛けの時計から乾電池を抜き。懐中電灯に入れ。なんと!一晩つけっぱなし。聞くと、次の日に電気が来るでしょ?とケロッとしてる母。参りました。

 12日は蝋燭を集め。一人が持っていくと暗くなる。トイレが問題でした。そこでラジオの電池も抜き。懐中電灯に入れて。

 13日コンビニに乾電池が・・・それよりコンビニってこんなに何もないの?状態でした。この日は携帯の画面を明りにして家の中をウロウロ。

 14日電気がつきました、いろんなものを明るい内に充電。まずテレビをつけて。やっとテレビを見たとき、知りたい情報が入ってこない。宮城県ってどうなってるの?

 

ガソリンが足りなくなってるので思うように出歩けない。外は雪。

寒いし、暗いし、サイレンがずーーっとあちこちから聞こえる。

やっと電気がついても漏電で火事?

水道は10日後。

 ガスはしばらく来なかったみたい。ガスが来て爆発の音があちこちから聞こえて。またサイレンが鳴りやまない。救急車の音がいつもしてました。救急車の音で我が家の犬は一緒に泣くので。いつも悲しい状態でした。

 色んな音がないので山の地鳴りが聞こえてました。ゴーと聞こえると犬2匹が泣くのです。すると余震。迷い犬が来たり。してました。

 我が家はエコキュートでしたが水が来ないのでお風呂に入れず。近くの温泉に入りに行って3時間待ち。父も連れて行ったけど「もう帰る!」に「いいよ~。歩いて帰って」2時間も並んでるのに。もちょっと待ってれば?で、結局男性は早々は入れてましたけどね。

 無料で入れてくれた温泉が沢山ありました。いつもの時間ではなく長時間開放してくれてました。

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我が家体験した対策を上げてみます。

  • 情報を見つけにMIXIが役立ちました。そこでは、今いる場所と状況を全然知らない人たちが同じグループに集り情報交換。
     ガソリンの情報交換が役に立ちました。あの時は暗いうちから開きそうなガソリンスタンドに並び、開店と同時に入れてもらう。外れるとまちぼうけ。
  • 買出しに出かけ。
  • 湧水を汲んで貰い。
  • 山の湧水を汲んで。父は即席に外に竈を制作し、バケツで雪を溶かして生活排水用に。
  •  壺を利用して底に焦げないように丈夫な板を敷いて、コタツに入れ。取っておいた炭を入れたんですけど~ゴミだらけのままにしてたので、臭い、煙いw。でも温かいですよ。猫がいたら大変でしょう^^;
  • 反射式ストーブでご飯焚き。
  • 冷蔵庫の冷凍物から順々に食べつくし。
  • 風呂に水を貯めてたのは父。そのうち出なくなり、桶に半分は入れてくれました。
  • 唯一買いだせた白菜を塩漬けにして。ご飯のおかずにしました。

ここからは記憶を頼りに羅列します。

買出しでびっくりしたはガスボンベが3個で2,000円で売ってたという話。

 ガソリンスタンドに並んでいるところにおにぎり売りがやってきて、買うとお茶をサービスしてくれました。やるな~^^

 屋根を直してあげるというので100万払った。

便乗値上げも凄かった。家は白菜って幾ら??10個も買ったの?状態でした。

 買出しに1時間並んで3個までね。雑貨しか残ってなかったり。飴とガム。3個セットになってお菓子の詰め合わせだったり。欲しいのは乾電池ね。ありませんでした。

 町内会では備蓄があり1週間は一人に一食配布してくださりました。1週間後にはジュースしかないけど~。と言いながら、安否確認をしながら分けてくださいました。

 

 近所の息子さんは車に山ほどの食料を積んで、片道のガソリンでたどり着き。
帰るに帰られない。という話。

 

自転車で福島から宮城に帰ってきた人。

びっくりして風呂の水を抜いてしまった旦那さん。後から避難所行ったそうです。

 水の配布で小学校まで行ったのですが、あまりの長蛇の列。父は見ただけでギブアップ。並ぶくらいなら山に水を汲みに行く!と言って。毎日汲んでくれました。

 後で知ったんですが、家の町内会で山のふもとは水が止まっていなかった。山の上は来ないのですね。消防署が近い処は止まらないそうです。

 公園で水くみしてたよ。マンションは備蓄があるから大丈夫。

 

90代ご夫婦は揺れにきずかず、なぜ電気がつかないんだ?と話してる。

地震のあとずっと揺れてる気がして気分が悪くて入院してきたと話すおじさま。

家にいて寝るのが怖いと車の中でしばらく寝ていた奥様。

服を着たまま寝てるというのは大体3か月位はみんなそうでした。

 

 家と道路の真ん中から地面が割れたのを見た子供。この後倒壊の赤い紙。危険の黄色い紙。張り出されている地域もありました。

 

 電気が来ない夜に空を見上げて、綺麗だなー。と感動してたのは男の子に多かった。怖いくらい暗い街。というのは女の子。元来男性はロマンチストなんですね。

 土地のある方は穴を掘ってトイレにしてたよ。家はトイレに流す水のために山に水くみしてました。やってればよかったなー。

 今年はあの時みたいに寒く無くて良かった。午後から雪が降りだして。寒かったです。

 

あの寒いなか、海を泳いで助かったおじさんの話。

 どんな波も凪というのがあるんだ。その時に泳いで陸に上がったんだよ。
黒い壁が海からやってきて。一気に流されたそうです。
陸に上がれば雪。寒いからずっと足踏みしてたそうです。
暗いのでずっと同じところで足踏み。
そのうちまた波がやってきて、つかまれる木につかまって。
朝になりやっと人がいるところまで歩いたそうです。
そこはもう自分のいる場所がなかったそうで。
早々アパートを借りて、無いものの中暮らしてたそうです。
避難所にいたら食料や物資があったけれどアパートにいたから受け取れなかった。
携帯も流されたので、連絡が取れず困ったそうです。
そんな中一緒に暮らすことになった男性と一緒にいるので情報が分かったんだよ。
「次に何をしよう?」そう考えて乗り越えて来たそうです。

津波が来てるのを見ながら走って逃げたお兄さん。

100人くらい追い抜いて走ってきたけど、忘れられない。
車があれば載せることが出来たけど、走ってて自分一人が精一杯だった。と。

 防災準備の広告があるが、3日は自力で何とか出来るようにしておこう。というのがキャッチコピーでした。地震の前に今度はくるくると。地震対策は随分してました。公明党の主催する地震対策に参加したことがあります。

 救急車は宮城県では3台しかないです。全員を迎えに行くことは出来ないので消防署は講習をしに回っています。

 講習の内容

 地震が来たらどこにいても頭を守って下さい。
買い物の途中ならそこらへんにある売り物なんでもいいから頭に被って。
腕を顔の前に組んで。
その時外に内側を向けないように。

 低い状態で3分待って下さい。
どんな地震でも3分で一旦止まるそうです。
3分は「君が代」の歌を歌えば3分です。
この3分で逃げる場所を探してください。

 3分待ったら足元を確認して。
移動してください。

 

町内会の地震講習会では

 活断層の様子。
地震が来たらここで集まる。
日中にいる人の点呼。

 

いつかまた来る地震。その時のために買い繋いでいる品々です。

乾電池のいらないランタン電気、置いておけるものがあると便利。
充電の出来るラジオ。
軽くて美味しい非常食。
寒くても耐えられる薄いシート。
新聞紙。
ティッシュ。
マスク。
水を入れておくもの。衣装ケースは役立ちました。
反射ストーブ。
帽子。手袋。
非常食。これが中々曲者。食べちゃうから~~^^;
常に買い足しです。
スマホや携帯は必需品。一人1台です。70代の両親もですよ。


同じ時間がやってきます。
毎月11日は墓参りをしている方もいらっしゃいます。
今日はラジオでもテレビでも黙とうをすることでしょう。

空模様が曇って来ました。
東京でも雪か霙と天気予報では話してました。
何事もなく今日は家に帰りたい。

「悲哀」を「勇気」に

「宿命」を「使命」に

 

がんばろう東北。